夜を歩く

真夜中、あなたは石に触っている。
昼の間、太陽の光に暖められたそれは
ほのかに暖かい。


遠くで銃声が響く。
あなたは立ち上がり、少し立ちくらみ
固く目を閉じて再び開く。


明晰になった夜の風景を歩いていく。


ほとんど同時にあなたは
とあるブログの文章を読んでいる。
まだ序盤なので
値踏みするような気持ちでいる。


しかし、それが他の誰でもない
あなたである以上


夜の歩みを、指先の痺れを
自分のものとして
感じることができるはずだ。


「あなたは、殴られる」


もし夜のあなたが殴られたら
この文章を読むあなたは
痛みこそ感じないが
その痛みを自分のものとして
想像することができる。


その痛みから
憎しみを引き出すことができる。


あなただけが、その想像を
許されている。




あなたは服を着ていない。
足と足の隙間や、脇の下が心許ない。
周りには誰もいないのに
胸のあたりに、複数人の視線を感じる。


これからあなたは
ひとりの女と会うことになっている。


あなたは女に
まだ会ったことがない。


携帯に送られてきたメールでの
固い文章でしか、女を知らない。


そのメールは、携帯の回路の海を
見え隠れするように泳いでいた。


開発者が使っていたデバッグテキストの
表示用に組まれたソースコードを利用し
あたかもメールであるかのように偽装した
あなただけに向けたメッセージだった。


あなたはその存在に
気づかなかったかもしれない。
でも、もうひとりのあなたは気づいた。
そして少女と言葉を交わし
夜の存在を知ったのだ。


夜への入り口は、あなたのよく知る道に
ひっそりと置かれた石を握り
90度、右に回転させることで現れる。


入り口は、非現実的な様子ではない。
風景に溶け込んでいるため
普段からよく、その場所を知らない限り
不自然さを感じることはない。


あなたはそこで、服を脱ぐ。
焦る気持ちを抑え、できるだけゆっくりと
入り口を見失わないように、脱いでいく。


最後の一枚を外した瞬間
そこは、夜になっている。



あなたを、かつて愛していた人がいた。
あなたは、そのことに気づかなかった。
今は、顔すら思い出せないだろう。


でもその人は、あなたのことを
ずっと覚えている。


ときどき、あなたのことを思い出しては
今、何をしているか想像したり
あるいは、あなたの名前を
ネット検索してみたりする。


それは決して異常な行為ではない。
誰もが人しれずやっていることだ。
本来なら、誰に知られることもない。


だがgoogleは、それを見ている。


あなたを愛していた人には、兄がいる。
名をタケルといい、今はニューヨークで
バーテンダーをやって暮らしている。


あなたがこれから会う女は
名をノゾミといい、何らかの理由で
タケルを殺害しようとしている。


あなたは、手がかりである。


あなたは殺人のハブとなるべく
夜を歩いていく。