ヴィラコスタ -女の視点1-

籠の中に蝶がいます。
その蝶は、青にも見えます。
蝶の死について考えます。
死について考えながら、性交します。


やがて精子が放たれます。


音楽について考えます。
ホテルに流れている音楽について。
それはジャズで、演奏者は過去の人です。


場の雰囲気を規定するために
用いられる音楽があります。
ですが同じ曲のCDを
自分の家でかけたとしても
同じような効果は得られません。


音は醜い色に変容して
カーペットに落ちていきます。
つまり、作り手は受け手になれないのでしょうか。


職人が自らのために磨いた宝石は
やはり、輝かないのでしょうか。


だとすると、あの男に飼われた私は
やがて輝きを失うのでしょうか。


青い鱗粉が、少しずつ剥がれ落ちます。
そして蝶は、やがて骨組みだけになり
空を舞っていきます。


そんな想像をしながら
眠りに、つきます。


ーーー


隣の男が、私を見ています。
それはほんの一瞬の出来事ですが
とても長い時間に感じられます。


老職人が丁寧にメンテナンスしている
廊下に設置された時計の秒針が
またひとつ、音を立てて進みます。


それに伴う形で、男が移動します。
前髪がわずかに搖れ
頬の筋肉が緊張します。
ほとんど閉じかけていた唇が完全に閉じます。


しかし、目玉は私を捉え続けて
少しも動かないのです。


逆にいえば、動き続けているのです。
微細な動きに合わせてリニアに
私を視界の中央に焼きつけているのです。
深い黒の瞳が、私を消し去ります。


沈没したタンカーの原油を思い出します。
それがニュース映像だったのか
あるいは教科書の写真だったのか
思い出すことはできません。
海に浮かぶ黒は、不吉なものを運んできます。


生きろ。という
無責任なメッセージと共に。


原油にまみれた鳥は、やがて死にますが
死が確定してからも生きていた
そのことを、思います。


海が黒くなったなら、やがて
雨も黒くなるのでしょうか。


秒針が、またひとつ
音を立てて進みますが
目の前の男が進んだのかどうかは
判別できません。


私が視線そらすと、時が時を取り戻し
雪崩のように、一気に流れてゆく。


そのことは、わかっているのですが。


ーーー


終わりを考えることは
かつての可能性を考えること。
あのとき、私のスカートが
もう3センチ短かったら。