ミニスカートと砂漠

中学生の頃、ミニスカートが流行っていて
制服を短くするのは
まあなんとなく短くしちゃったんだけど
あたしの持ってた白いパンツが
階段とかでチラチラ見えるのが
すごく恥ずかしかった。


友達に訊いたら
やっぱりTバックを履いたりしてて
でも、履いたら洗濯しなきゃだし
買ってきて、履いてってのを
親に知られるのが、すごく恥ずかしかった。


かといって、友達と放課後、遊びにいくとき
ひとりだけスカート長いってのは
なんかすごくかっこ悪い気がして
あたしが出した結論は
トイレでパンツを脱いでバックに詰め込み
それから、スカートを2回折って
短くする、って方法だった。


いま思い返すと、すごくバカっぽいんだけど
でもそのときのあたしは
そうせざるを得ないって思ってた。


パンツを脱いで歩く街は
なんだかアスファルトがふわふわしていて
でも楽しく遊んでいると
そんな感覚も、少しずつ薄れていった。


ーーー


ミナコの言ってた砂漠の入口ってのを
あたしは、一度見たことがある。
それは中学生のころ、遊びに行った帰り
電車に乗っているときのことだった。


夕方と夜の境目で、わりと混んでる電車で
あたしはドアの前に、外を向いて立ってた。
足元には、誰かが持ってきたっぽい
砂が撒かれていて
靴底から、嫌な感触が伝わってきた。


右側では背の高い中国人たちが
独特の英語で会話していた。
服装から見るに、旅行だったんだと思う。
あたしは別れた友達のことを考えていた。
ナンパしてきた男の人と
ホテルに行ったんだろうかとか、そういうことを。


窓の外を過ぎ去ってゆく街の灯が
普段電車に乗らない時間ってこともあって
なんだか外国みたいに見えた。
短いスカートの、お尻のあたりが
なんだかいつもより、すごく心細かった。


背後に、男の人がいた。
窓ガラスに反射する、その人の顔は
外の明るさに応じて、見えたり見えなくなったりした。


はじめは、そんなに気にしていなかった。
でも、その男が確実に自分を見ていて
それも後姿でなく、窓の外の自分の目を
射るように凝視していると気づいてから
どんどん、不安になっていった。


考えてみれば、体をそらすとか
ちょっと別の場所に移動するとかすれば
良かったんだと思うんだけど
そのときは、そんなこと考えもしなかった。
まるで足が、床に固定されたみたいだった。
砂の感触が、やがて痛みに変わる。
窓の外に見えている景色が
丸ごと傾いていくような感覚。
徐々に暗くなってゆく地面が
砂に埋もれているような気がしてきて。


スカートを、もう一度折ったら
その分、砂がせり上がってくるという
夢を見る。


背後から自分を見る男は
顔が消え去っている。


そしてそれは、誰でもある。


揺れる体。
進む電車。
意味を失う言葉。
埋もれる私の
永遠にしまわれた思考。

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sshimoda