世界の終わりと最後の言葉

みんな見えないから不安になるんだよ。
見えちゃえば、どんな恐ろしいものにだって
そのうち慣れてしまうのに。


私が言うと、男は答えた。


見よう見ようと躍起になって、全部見ちまって
大切な不安を忘れちまった。
それが、高度情報化社会だ。



地震から三日がすぎて、私は家族を失った。


足を失い、命を失う直前の父は昨日、私に言った。
人間として生きなさい。
そして死ぬときは、人間として死になさい。
父は人間として死んだ。
そこに哀れさは微塵もなかった。


それからしばらくしてのこと。
パリッとしたスーツを着た男の人がやってきた。
私を保護する、という話だった。
黒光りする車で、東京の外へ向かいながら
彼は言った。世界は終わるのだと。


どうして?
それが命令だからだよ。
誰の?
内緒なんだ。
どうやって、世界は終わるの?
それから、あなたは誰?


質問ばかりだな。
彼は、笑いながら言うと
それ以上なにも答えてくれなかった。


私は、そうして組織の一員となった。
衣食住が保証され、かわりに仕事が与えられた。
変な機械に、消す言葉を入力し
かわりに使う言葉を考え、それも入力する。


そうすることで、世界からひとつずつ
言葉が消えていくのだという。
やがて全ての言葉を失った人間は
人間としての意思を失い、消え去ってしまうのだという。


どうして私なの?
その質問にも、彼は答えてくれなかった。
その機械について、半信半疑だった私は
自分の名前を入力し、そして別の名前を入力してみた。
(名前を入力してください)
エンターキーを押すと、音もなく、私の名前は消え去った。


消すべき言葉は「上」が選んだ。
私は、できるだけ適切な、別の言葉をそこに当てはめる。
それが適切であればあるほど
人間は、長く人間でいることができるのだという。


はじめに消したのは「愛」だった。


はじめに消したのが「愛」だなんて
なんだかできすぎた話でしょう?
じゃあ、最後に消すのは「夢」かしら。


結局これは物語なのだ。
上は、私たちを、そして自分たちを
きれいな童話の中に、押し込めようとしているのだ。


少しだけ、涙が零れる。
いつか世界が終わるのを
想像して。


その美しい最後を
そして作為を
想像して。

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sshimoda

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