架空の女性Sについての考察

彼女は風俗街で、性欲処理をなりわいにしているアンドロイドだった。
客を店に連れ込むところから仕事が始まるのだが
この業界で生きていくのは、彼女達にとって難しい。
人間が圧倒的に好まれるからだ。


たとえば真夏日の昼間に、着物を着て客を引くこともめずらしくない。
(服装は彼女の預かり知らない組織によって決定される)
照りつける太陽の光を全身に感じながら
汗をかかないよう張り詰めた緊張状態で
立ちくらみ倒れそうになることもしばしば。
そんな苦労の日々の中、彼女はスイッチを見つけだした。


遠くからやってくる客を見つけると
彼女は、その男と一生を添い遂げようと信じ込む。
その上で、静かにつぶやく。
この人でいいや、と。


それだけで、躊躇なく、愛の全てを注ぎ込むことができる。
この人でいいや、これが彼女にとっての合い言葉である。


アンドロイドの全ては未だ解読されていない。
アンドロイドのプログラムをほぼ一人で完成させた博士が
行方不明になったあの日から
公開されたプログラムを、世界中の人間が読み解こうとした。
しかし、全ての計算式に使われている、とある係数を導きだす部分が
何故そのような内容になっているのか、誰にも理解できなかった。


腕にかかった力に、一番遠くに見える光の量を足して
一番最近聞いた曲の最後の音で割る、という式が書かれていることは分かっても
その式に、いったいどういう意味があるのか
それを知っているのは、博士だけなのだ。


だから、様々な憶測が飛びかう。
スイッチとなる合い言葉がある、というのは割と一般に知られた説で
人間にとっては傾向に過ぎない考え方が
具体的な単語としてプログラムされているのだ、と主張する人が多い。


このことについて、政府直属のある機関が研究を続けている。
風俗街で働く彼女は、機関にサンプルとして身柄を拘束され
未だ戻ってきていない。
あきらめる、という事象の重要なサンプルとして研究に役立っているのだが
既にバラバラに解体されている彼女が、それを知ることはないだろう。