川上未映子「ヘヴン」

これは暴力と、善悪の物語である。


中学生を主人公に据えながら
そこで描かれている世界は
より広い世界に応用可能な
普遍性を持っている。


作者自身の、非常に深い考察から
生まれでたテーマなのだろう。
全ての主張は納得性が高く
読み終えたあと、非常にうれぱみん。


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この小説の画期的な点は
異様なほどの読みやすさにある。


全ての人物は、人ではなく
キャラクターとして描かれている。
いわば、アニメやゲーム的な
デフォルメが成されているのだ。


うれぱみん、かなぱみんやら
独自の言葉を使い
タメ語に敬語を挟みこみ
公園に自分で名前をつける。
そして主人公を「君」と呼ぶ
なんともアニメ的なヒロイン。
その存在感は「ふかえり」に匹敵する。


饒舌で二枚目、女の子にも人気があり
イッちゃってる自分を冷静に制御する
クラスのリーダー、二ノ宮は
IWGPかなんかで見た気がする。
お会いするのはじめてでしたっけ?


もうひとりのリーダー格、百瀬は
なんと、寡黙な男である。
昔から、うるさい不良とつるむのは
寡黙な男と、相場が決まっているのだ。


そして、登場人物はその他数名。
無駄な人物は、ひとりも存在しない。


文章には平易な言葉が使われ
口語を書きつける方式ではなくなった。
しかし彼女の「リズム感のよさ」は
決して失われていない。


かつて、あれだけ読みにくい言葉を
読ませることに成功した作者が
簡単な言葉を用いた。
何よりも読みやすい小説が完成した。
考えてみれば、自然な流れである。


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どんなに舞台を狭くしても
どんなに人物をデフォルメしても
そこが「世界」である限り
「世界」の根源的な問題は描けると
彼女は確信していたのだろう。


そして、それを成し遂げた。


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あいかわらず、無駄のない小説だった。
中学生は四人が名前つきで描かれ
残りはその他大勢として
名前も与えられていない。
同時に、その他大勢という役割を
きちんと与えられている。


大人は、母親と医者しか登場せず
ふたりで「身内」と「第三者の大人」を
うまくカバーしている。
非常に演劇的な配役だ。


二度登場する「一万五千円」のくだりは
村上春樹的な笑いを与えてくれるが
同時に、世界に「金」の存在を
しっかりと付与している。


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そして圧巻だったのは
最後の1ページだ。


繰り返される「美しい」という言葉。
この言葉を読むたびに、僕は
涙を一粒ずつ零していた。
とても幸せな気持ちになると同時に
うんこを投げつけられてるみたいだった。


汚物にまみれながら
前進するような、この気持ち。
これが、生きるという感情なのかもしれない。