自由

webに駄文を書きつけている男が
友人に、ひとつのゲームを
持ちかけられる。


テーマは自由。
キーワードはリビングセンサー。
一本の脚本を書くのだ。


男は、実現可能性を鑑みて
ミニマムな会話劇を、という枷を
自分に科す。


彼の世界に
感情を持ち込みたい。


ーーーーー


縄師と呼ばれる男がいる。
彼の名前は、誰も知らない。


ショーは裏の世界で行なわれる
有力者、金持ちが集うその場所は
いくつかのセンサーによって
監視されている。


客は、数百万を払って、それを見る。
縄をかけてもらうには
さらに数百万が必要だ。


縄師は、依頼者の首に縄をかけ
死の淵まで連れていく。
気絶すると同時に、糞尿を垂れ流しながら
依頼者は皆、恍惚とした表情を
浮かべるのだという。


主人公はカウンセラーの男。
彼の仕事は縄師が依頼をこなす前
ステージ裏で依頼者の
カウンセリングをすること。


これは依頼者の女と
カウンセラーの対話だ。


女「死ぬの?
男「死にませんよ
女「でも、死ぬこともあるんでしょう?
男「200人に1人くらいは、間違いがありますね


6秒の間


女「(つぶやき)なんでこんなことになっちゃったの
男「イヤなんですか?
女「イヤに決まってるじゃない
男「じゃあ、やめればいいじゃないですか
女「やめられないから、ここにいるのよ
男「どうしてやめられないんですか?


5秒の間


女「無理なものは無理なのよ


2秒


男「今からでも言えばいいと思いますよ。パートナーの方に
女「(さえぎって)逆らえないの
男「え?


2秒


女「私は逆らえないの。あの人に


4秒


女「聞けば誰でも知ってるような会社の社長で、こっち世界でもかなりの
有力者。指示に従わないなんてもってのほかだし、何処に逃げたって確実
に見つかる
男「さながら悲劇のヒロインですね
女「何が言いたいの?
男「そういう人ばかりですよ、ここに来るのは。あなたみたいな捕らわれ
のお姫様はゴマンといる。でもこんな土壇場で、舞台に上がりたくないな
んて言い出す腑抜けた人は、めずらしいですね
女「あなたに何がわかるの?
男「あなたには、何もわかりませんよ
女「ふざけないで
男「(さえぎって)だいたい、何が不安なんですか?
ステージの上で裸になることですか?


3秒


男「落ちた瞬間に醜態を晒すことがですか?


5秒


女「死ぬことが、よ
男「死にませんよ
女「でも、間違いもあるんでしょう?
男「どうしてそんなに


3秒


男「どうして、そんなに死にたくないんですか?
女「当たり前じゃない
男「当たり前じゃありません。少なくともここでは
女「(さえぎって)でも
男「(さえぎって)じゃあどうしてここに来たんですか?
女「(さえぎって)だからどうしようもなかったんだって言っ

男「(さえぎって)どうしようもないことなんかありません


8秒


男「どうしようもないことなんか、ないんですよ。


5秒


男「(時計を見て)あと5分あります。
女「(つぶやく)でも、逃げられないの


7秒


男「あなたを見てると、パートナーの男もたいした人間じゃないんだって
ことが、よく分かります
女「でも
男「聞けば誰もが知ってる会社の社長、という話でしたね。ひとついいこ
とを教えてあげます。本当のお金持ちってのは、動かせるお金を持ってる
人のことを言うんです。そしてそういう人たちのほとんどが、世間に名前
を公表したりはしていない。お抱えの奴隷はトップモデルと見紛うような
美貌を持ちながら、生死すらとうに、主人に委ねています。残念ですが、
あなたは二流ですよ


10秒


男「あなたほどの美しさがあれば、幸せな人生を送れたはずなのに。どう
してこんなどうしようもないとこへ来ちゃったんですか?
女「分かってる。全部分かってるし、後悔してる。
男「それなら
女「(さえぎって)でも、どうしようもないのよ


6秒


女「逃げられないの。気づいたら捕われていたの。自由を奪われて、望ま
ないことをさせられて、私が生きている意味なんてどこにもなくて。希望
のない毎日を送るならせめて、自分の境遇を呪わずにいたい。たとえこの
先の未来に、いいことなんか全然なくても
男「(さえぎって)どうして、


2秒


男「死にたくないんですか?


2秒


男「生きていると、何かいいことがあるんですか?


5秒


女「なにもない。けど
男「(さえぎって)あるかもしれない


2秒


女「(頷く)


2秒


女「そう。だから
男「希望を持つのは良いことです(立ち上がる)
女「(男の腕を掴んで)あなたは?
男「何ですか?
女「あなたは、希望を持ってる?
男「いいえ。


5秒


男「(座って)師匠に拾われる前、僕はセンサーでした
女「センサー?
男「正確には、センサーと揶揄されるような仕事をしていました。
女「それって
男「脳波を測定されながら、椅子に座り続けていたんです
女「何のために?
男「さあ。


2秒


男「それすら知る必要はなかったんです。でも僕は、そんな生活に


1秒


男「満足していました
女「でも今は
男「今でも


3秒


男「戻りたいですよ、センサーに。食料は十分に支給されていたし、仕事
中もネットゲームをやっていさえすればよかった。僕が今、この仕事をし
ているのは、単にセンサーを雇っていた会社が潰れたからです。仲間たち
はみんなクビになって、そのまま死んで、腐っていきました。文字通り
ね。でも僕は拾われた。運がよかったのか、悪かったのかは、よくわかり
ませんが、とにかく僕には、長いセンサー生活で、ある特殊技術が備わっ
たんです


5秒


男「200人に1人ってのは、嘘です


3秒


男「それは師匠自身の失敗率であって、このショーが失敗した確率ではあ
りません。僕にはわかるんですよ。200人に1人の、縄によっ
て命を奪われてしまう人が


10秒


男「あなたは死にます


5秒


女「嘘
男「あなたに与えられた選択肢は、実はとてもシンプルなものなんです。


1秒


男「生きるか、死ぬか


6秒


男「リビングセンサーの索敵範囲は非常に広く、どんな死角をも許しませ
んが、その通信速度には難があります。このあたりに設置されている量の
センサーなら、全速力で駆け抜ければ、見つからずに逃げられるでしょ
う。範囲外まではおよそ、3.5キロです
女「3.5キロ


7秒


男「順番がきたみたいですよ


10秒


男「いきますか?


15秒


女「生きます


走り出す女。
映像からカメラ引くと
それはステージ上のスクリーン。
富裕層の観客たちは、エンディングに拍手を送る。
拍手の中、ひとつの銃声。
逃げ出した依頼者のパートナーが
射殺される。
しばらくして、次の依頼者と縄師があらわれ
新たなショーがはじまる。

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sshimoda