世界終わりの日

「これからどうすんだ、オイ」
「どうするもこうするもないでしょう? わかってるくせに」
「いいや、わかってなんかいねぇよ。俺はバカだからな」
「いやらしいのね。普段は自信たっぷりじゃない」
「それもバカだからさ」
「ふざけないで。時間がないわよ」
「あと何分だ」
「その立派な腕時計で確かめればいいでしょう?」
「これ、止まってんだ」
「あのね…」
「いや、マジで止まってんだ。 何の役にもたちやしねぇ」
「まるで貴方みたいね」
「ああ、俺らみてぇだな」
「でも貴方は、その時計を必要としてるわけね」
「だから俺らも、どっかで必要とされてるのかもな」
「役にたたなくても?」
「役にたたなくても」
「ところで、さっきから聴こえる秒針の音はなにかしら?」
「…………」
「………」
「……」
「その時計って… 奥さんの…」
「ああ」
「やっぱり…」
「なあ、ひっくり返って死んでる猫を見たことはあるか?」
「なによいきなり」
「塀から飛び降りるときに、塀の上を見てたら、逆さまに落っこちて頭
うって死ぬだろ。そういう猫を見たことはあるかって聞いてんだ」
「全身ひっくり返して見なくたって、考えることはできるでしょ?」
「比喩だよ」
「こっちもよ。まあいいわ。それで、どうするの? 行くの」
「行くさ」
「本当に?」
「なあ、お前はどうしてぇんだ。俺は行くよ。行くと決めた。さっき、猫
の話をしながらな。だがお前の意思をきいてねぇ。女ってやつはいつもそ
うだ。これだから…」
「勘違いしないで。私はもうずっと前から、あなたと一緒に行くことを決
めていたわ」
「…それは、愛の告白か?」
「ううん、もっとストレートな、文字通りの意味よ」



こうしてふたりはキャバクラを出る。
高い寿司を食って、それから
別々のタクシーに乗って帰るのだ。